【身体再構築アーキテクト】BodyAll代表/平岡浩司という人間の説明書|BodyAll池袋
平岡浩司という人間の説明書
身体再構築アーキテクト/Body Reconstruction Architect が生まれた理由
「身体は変わる。人生も変わる。」
BodyAll池袋で私が掲げているこの言葉は、単なるキャッチコピーではありません。
私、平岡浩司という人間が、これまでの人生で自分の身体を使い、壊し、戻し、考え、試し、また壊し、また立て直してきた中で、本気で実感している言葉です。
私は、医師ではありません。
医学部を出たわけでもありません。
国家資格者でもありません。
その意味では、医療の専門家ではありません。
しかし、身体に対して向き合ってきた時間、怪我と回復を繰り返してきた経験、プロアスリートとして自分の身体を極限まで使ってきた実感、そして実際に多くの人の身体を見てきた現場感覚においては、一般的な整体師やトレーナーという枠だけでは説明しきれない蓄積があります。
私は、知識だけで身体を語る人間ではありません。
資格だけで身体を語る人間でもありません。
流行のメソッドやマーケティング用語だけで健康を語る人間でもありません。
自分自身の身体を使い、壊し、痛め、苦しみ、考え、試し、戻し、また壊し、また積み上げてきた人間です。
だからこそ、私の身体観は、机上の理論だけではありません。
実戦。
失敗。
怪我。
回復。
リハビリ。
競技。
食事。
神経。
筋肉。
関節。
心理。
生活。
人生。
そのすべてが混ざり合って、今の私の身体観になっています。
今回の記事は、平岡浩司という人間が、なぜ健康を語るのか。
なぜ身体を語るのか。
なぜ「身体再構築アーキテクト/Body Reconstruction Architect」という肩書きにたどり着いたのか。
その背景を、できるだけ正直に、できるだけ具体的に書いたものです。
かなり長い記事になります。
でも、短くまとめるつもりはありません。
なぜなら、身体はそんなに簡単なものではないからです。
そして、平岡浩司という人間も、肩書きだけで簡単に説明できるものではないからです。
平岡浩司の現在地
私は現在、東京都池袋で「BodyAll池袋」という完全貸切型のボディケアサロンを運営しています。
BodyAllは、一般的なリラクゼーションサロンではありません。
単なる整体院でもありません。
筋トレだけを教えるパーソナルジムでもありません。
美容目的だけのサロンでもありません。
整体、筋膜リリース、神経コンディショニング、パーソナルトレーニング、ストレッチ、ピラティス的な身体操作、4Dラクリス、高気圧酸素カプセル、コラーゲンマシンなどを組み合わせ、身体を総合的に見ていく場所です。
BodyAllの特徴は、豪華な内装や表面的な高級感ではありません。
場所はマンションの一室です。
看板もありません。
外から見て、いかにも高級サロンという雰囲気ではありません。
元々は2020東京オリンピック選手専用のボディケア専門施設として始まり、完全貸切で、周囲の目を気にせず、プロアスリートや芸能関係者、身体に高い要求を持つ人たちが安心して来られる場所として作った背景があります。
外見よりも中身。
立地よりも結果。
装飾よりも身体の変化。
それがBodyAllの基本思想です。
そして私は、自分のことを、単なる整体師、単なるトレーナーという言葉だけでは表現しきれないと感じています。
だから現在、自分の肩書きをこう定義しています。
身体再構築アーキテクト
英語では、
Body Reconstruction Architect
これは、かっこよく見せるために作った肩書きではありません。
私の人生そのものから生まれた言葉です。
身体再構築アーキテクトとは何か
身体再構築アーキテクトとは、身体を部分的に見るのではなく、身体全体の構造、動き、神経、筋肉、関節、姿勢、呼吸、食事、生活、心理、競技特性、怪我の履歴まで含めて、総合的に再構築する存在です。
「痛い場所を揉む」だけではありません。
「硬い筋肉を伸ばす」だけでもありません。
「筋肉を鍛える」だけでもありません。
「姿勢を正しましょう」という表面的な指導でもありません。
身体は、筋肉だけで動いているわけではありません。
脳が司令を出し、神経が伝え、筋肉が反応し、関節が動き、周辺の筋肉が連動し、感覚器が情報を受け取り、全身が協調することで初めて動作が成立します。
筋肉はたしかに重要です。
健康維持、姿勢保持、運動、代謝、見た目の変化において、筋肉は主役級の存在です。
しかし、筋肉だけを鍛えても身体は本当に良くなりません。
映画や演劇に例えるなら、筋肉は表に出てくる主役です。
しかし、脳は監督であり、神経はスタッフであり、関節や周辺筋群は共演者です。
主役だけを鍛えても、監督の指示が悪ければ作品は崩れます。
スタッフが機能しなければ、現場は回りません。
共演者との連携が悪ければ、全体の完成度は上がりません。
身体も同じです。
筋肉だけを鍛えても、神経伝達、関節の自由度、身体の使い方、感覚、反応性、重心、呼吸、生活習慣が崩れていれば、本当の意味で身体は良くなりません。
私が重視しているのは、筋肉単体ではなく、身体全体の「連動」です。
身体再構築アーキテクトとは、壊れた身体、ズレた身体、使い方を忘れた身体、痛みをかばって崩れた身体、過去の怪我によって歪んだ身体を、単に元に戻すのではなく、その人にとってより良い状態へ再設計する存在です。
私の原点
私は、千葉県銚子市生まれです。
幼少期から海や自然に触れ、身体を使って遊び、学び、挑戦する環境の中で育ちました。
スポーツに関しては、特定の一競技だけをやってきた人間ではありません。
野球、陸上、サッカー、水泳、テニス、ゴルフ、サーフィン、ボディボード、スキー、スノーボード、一輪車、自転車競技など、非常に多くのスポーツを経験してきました。
さらに、スポーツだけではなく、ピアノ、ギター、編み物、パッチワーク、料理など、手先や感覚を使う分野にも親しんできました。
この幅広い経験が、私の身体観の土台になっています。
身体を動かすということは、単に筋肉を使うことではありません。
競技によって、重心の取り方、力の方向、リズム、タイミング、瞬発性、持久性、接触への耐性、恐怖心、判断力、道具との一体感がまったく違います。
野球の身体。
サッカーの身体。
陸上の身体。
水泳の身体。
自転車競技の身体。
ゴルフやテニスの回旋動作。
サーフィンやスノーボードのバランス感覚。
それぞれに、まったく違う身体操作があります。
私はそれを、本で読んだのではなく、自分の身体で体験してきました。
だからこそ、身体を見る時に、単に「筋肉が硬い」「骨盤が歪んでいる」「姿勢が悪い」という単純な見方では終わりません。
その人が、どんな競技をしてきたのか。
どんな怪我をしてきたのか。
どんな動きが得意で、どんな動きが苦手なのか。
どこで怖さを感じるのか。
どこで力が抜けないのか。
どこで身体が逃げているのか。
そうした背景まで見て、身体を読み解きます。
多競技経験から生まれた身体理解
私は、幼少期から多くのスポーツを経験してきました。
野球では、エースで4番を務めた経験があります。
投手として肘の痛みを経験し、野手として肩の脱臼も経験しました。
クロスプレーでは骨折も経験しています。
サッカーでは藤沢市選抜代表の経験があり、接触による怪我や脳震盪も経験しました。
陸上では中長距離を得意とし、藤沢市の記録も3つ持っていました。しかし疲労骨折寸前の状態、膝や股関節の痛み、踵や足裏のまめなど、走る競技特有の負担の苦労も経験しています。
サーフィンやボディボードでは、荒波にさらわれて溺れかけた経験があります。
水や自然を相手にするスポーツでは、筋力や技術だけでなく、恐怖、判断、呼吸、脱力、自然への対応力が問われます。
テニスでは足首の捻挫やふくらはぎの肉離れも経験しています。
自転車競技、そして競輪では、数え切れないほどの怪我、落車、衝撃、痛み、恐怖、極限状態を経験しました。
これらの経験は、単なるスポーツ歴ではありません。
私にとっては、身体の使い方、壊れ方、戻し方、限界の超え方、危険なサインの見分け方を学ぶ実験の連続でした。
普通の人は、一つの競技経験だけで身体を語りがちです。
筋トレ出身のトレーナーは筋トレの視点で見ます。
ヨガ出身の人はヨガの視点で見ます。
整体師は整体の視点で見ます。
医療者は医療の視点で見ます。
もちろん、それぞれに価値はあります。
しかし、私は一つの視点だけでは身体を見ません。
競技、怪我、リハビリ、トレーニング、栄養、神経、心理、生活。
そのすべてを横断して身体を見ます。
この横断的な身体理解こそ、私の大きな特徴です。
プロ競輪選手としての20年
私の身体経験を語る上で、プロ競輪選手としての約20年間は欠かせません。
私は競輪選手として、約20年間、プロの世界で活動しました。
通算出走は1439走。
1着は120回。
競輪は、単なる自転車競技ではありません。
時速60kmから70km近い速度で、選手同士が密集し、接触し、駆け引きをし、瞬間的な判断と爆発的な出力を求められる極限の競技です。
一瞬の判断ミス。
一瞬の接触。
一瞬の重心のズレ。
それが、命に関わる落車につながります。
私はその世界で、何度も落車し、何度も身体を壊し、何度も復帰してきました。
落車転倒は70回以上。
骨折は12回以上。
重傷も40回以上。
救急車に乗った回数は40回以上。
手術は7回。
入院は延べ200日以上。
通院は1000日以上。
数字だけを見ると、無茶をしてきた人間に見えるかもしれません。
しかし、私にとってこれらは、身体を学ぶための過酷すぎる教材でした。
通常、身体の専門家は、教科書や研修、資格取得、セミナーで身体を学びます。
それももちろん重要です。
しかし私は、それに加えて、自分自身の身体が壊れる体験を何度もしてきました。
骨が折れる感覚。
関節が外れる感覚。
筋肉が切れる感覚。
身体が動かなくなる恐怖。
医師から再起不能を宣告された絶望感。
リハビリで思うように戻らない焦り。
復帰直後の不安。
再発への恐怖。
それでもレースに戻らなければならないプレッシャー。
これらを、机上ではなく現実として経験してきました。
だからこそ、私の身体観には、単なる理論では出せない重みがあります。
怪我とリハビリが私を作った
私は、自分の身体を通して、怪我の怖さと、回復の可能性の両方を知っています。
過去には、医師や治療家から「一生治らない」「後遺症が残る」「元には戻らない」と言われた大きな怪我を、自分自身の努力と試行錯誤によって、ほぼ完治に近い状態まで戻した経験が3回あります。
これは、医師を否定したいという話ではありません。
医師の知識や診断、手術、救急対応、画像診断、薬、医療制度が重要であることは理解しています。
私自身も、怪我をした時には医療に助けられてきました。
手術も受けています。
救急搬送もされています。
病院がなければ助からなかった場面もあります。
しかし同時に、医療が常に身体の未来を完全に決めるわけではないことも、自分の身体で経験してきました。
画像上の診断。
医学的な一般論。
統計的な予後。
標準的なリハビリの範囲。
それらは重要です。
しかし、それだけで一人の人間の身体の可能性をすべて決めることはできません。
身体は、使い方を変えることで変わることがあります。
神経の反応が変わることで痛みが変わることがあります。
筋肉の連動が戻ることで関節の負担が変わることがあります。
姿勢や重心が変わることで、長年の不調が軽くなることがあります。
私はその可能性を、自分の身体で何度も見てきました。
だからこそ、「医者が言ったから絶対に無理」とは簡単に思いません。
しかし同時に、「何でも治せる」とも言いません。
できることと、できないこと。
触れていいものと、触れてはいけないもの。
現場で判断できるものと、医療につなぐべきもの。
その線引きを、私は非常に大事にしています。
私の考え方は、医療否定ではありません。
むしろ、本物の医療、本物の健康、本物の身体理解が必要だという立場です。
ただし、医療の枠だけでは拾いきれない身体の現実がある。
そこに対して、私は自分の経験と現場判断で向き合っています。
机上の知識ではなく、身体で検証してきた理論
私は、プロアスリートとして活動しながら、身体について学び続けてきました。
運動生理学、機能解剖学、神経、筋肉、関節、栄養学、トレーニング理論などを、自分の競技生活と照らし合わせながら学んできました。
また、趣味として相対性理論や宇宙物理学のような分野にも関心を持ち、物理的なものの見方、構造的な考え方、因果関係の捉え方にも強い興味があります。
私にとって身体は、単なる筋肉の集合体ではありません。
力の向き。
支点。
作用反作用。
重心。
慣性。
摩擦。
タイミング。
連動。
エネルギー効率。
神経伝達。
感覚入力。
心理的ブレーキ。
そうしたものが絡み合う、非常に複雑なシステムです。
そのため、私の施術やトレーニングは、単純なマニュアルではありません。
「この症状にはこの施術」
「この筋肉が硬いからここを揉む」
「この姿勢だからこのストレッチ」
というような単純な対応ではなく、その人の身体全体を観察し、反応を見ながら組み立てていきます。
身体は一人ひとり違います。
同じ腰痛でも、原因は同じではありません。
同じ肩こりでも、背景は同じではありません。
同じ膝の痛みでも、股関節、足首、体幹、呼吸、過去の怪我、仕事環境、スポーツ歴が関係することがあります。
私は、そうした複雑な身体を、部分ではなく全体として見ます。
食事への考え方
私は、食事についても長年、自分の身体で試行錯誤してきました。
食事管理については35年以上、自分の身体と競技パフォーマンスを通じて検証してきました。
中学生時代には、競技パフォーマンスと食事の関係に気づき始めました。
陸上の試合前にカーボコントロール的な考え方に触れ、糖質を減らした時の身体の軽さ、動きやすさを体感しました。
その後、競輪選手時代には、半年間の超スーパー糖質制限を実験的に行ったこともあります。
その結果、身体のキレ、俊敏性、スピード、パワー維持において、良い感覚を得た場面もありました。
一方で、超高強度の連続トレーニングや、ハイペースのレース終盤では、力が入り切らないような感覚も経験しました。
つまり、私は一つの食事法を絶対視していません。
糖質制限が良い場面もある。
糖質が必要な場面もある。
高脂質食が合う人もいる。
高タンパク食が必要な局面もある。
サプリメントやプロテイン、アミノ酸が役立つ場面もある。
しかし、それらを盲信してはいけない。
私の食事観の根本には、次のような考えがあります。
食事は本来、生命維持のための行為である。
現代の食事は、快楽、便利さ、加工、糖質過多、広告、ビジネスによって、本来の生物としての食べ方から大きくズレているのではないか。
文化的な食事と、生物としての食事は分けて考える必要があるのではないか。
美味しいものを楽しむことを完全に否定するわけではありません。
人間には文化があり、家族や仲間との食事、楽しみ、精神的な満足も大切です。
しかし、健康を本気で考えるなら、「食べたいから食べる」だけではなく、「この身体に何を入れるのか」という視点が必要です。
私は、食事指導においても、流行のダイエット法やサプリメント商法に流されることを嫌います。
糖質制限。
脂質制限。
ファスティング。
プロテイン。
酵素。
デトックス。
腸活。
サプリメント。
それぞれに使い方や意味がある場合もあります。
しかし、ビジネス目的で不安を煽り、何かを買わせるために使われる健康情報には強い違和感があります。
私は、食事についても「身体の現実」から考えます。
健康業界への違和感
私は、健康業界、整体業界、トレーニング業界、美容業界、サプリメント業界、医療周辺ビジネスに対して、強い違和感を持つことがあります。
それは、単に批判したいからではありません。
自分自身が怪我で苦しみ、身体を壊し、リハビリをし、アスリートとして結果を求められ、現場で多くの身体を見てきたからこそ、表面的な健康ビジネスに納得できないのです。
世の中には、健康という言葉を使いながら、本当の健康ではなく、依存、恐怖、不安、見た目、流行、権威、肩書き、短期的な売上を優先しているものがあります。
「これを飲めば健康になる」
「これを買えば痩せる」
「この施術を受ければすべて解決する」
「この資格があるから安心」
「この先生が言っているから正しい」
そうした単純化された健康情報に、私は強い疑問を持っています。
身体はそんなに単純ではありません。
本当に健康を扱うなら、その人の身体、生活、歴史、心理、食事、運動、睡眠、仕事、ストレス、怪我の履歴まで見なければいけません。
それを見ずに、商品やサービスだけを売る健康ビジネスには、危うさがあります。
私は、健康業界のすべてを否定しているわけではありません。
本物の医師、本物の治療家、本物のトレーナー、本物の栄養指導者、本物の研究者がいることも理解しています。
しかし、その一方で、浅い知識、短期研修、資格ビジネス、流行コピー、誇大広告、依存型の施術、表面的な美容健康サービスが多すぎるとも感じています。
だからこそ私は、健康業界の裏側、矛盾、不自然さについても切り込んで話します。
ただし、私の目的は、誰かを攻撃することではありません。
目的は、一般の人に「自分の身体を他人任せにしすぎないこと」「情報を鵜呑みにしないこと」「本物を見極めること」「身体に対して責任を持つこと」を伝えることです。
医療に対する私の立場
私は、医療を敵視しているわけではありません。
救急医療、外科手術、画像診断、薬、感染症対応、急性期の処置など、医療が果たしている役割の大きさを理解しています。
自分自身も、競輪選手時代の怪我で何度も医療に助けられてきました。
しかし同時に、医療だけでは健康を完成させられないとも考えています。
病院は、病気や怪我に対応する場所です。
もちろんそれは必要です。
しかし、健康とは、病気ではない状態だけではありません。
痛みがないだけでもありません。
検査数値が悪くないだけでもありません。
身体が動くこと。
自分の足で歩けること。
痛みなく生活できること。
やりたいことができること。
怪我をしにくいこと。
回復力があること。
食事、睡眠、運動、精神状態が整っていること。 人生の質が上がること。
そうした健康は、病院だけで完結するものではありません。
医師には医師の役割があります。 整体師には整体師の役割があります。 トレーナーにはトレーナーの役割があります。 本人には本人の責任があります。
私は、この役割分担を非常に大切にしています。
ただし現実には、病院に行っても異常なしと言われる痛み、画像では説明しにくい不調、加齢で片付けられる身体の変化、湿布と痛み止めだけで終わる慢性症状も多くあります。
そのような領域において、私のような現場型の身体専門家ができることは大きいと考えています。
私の立場は、医療の代替ではありません。 医療と対立するものでもありません。
医療では拾いきれない身体の使い方、連動、神経、習慣、動作、生活の領域を扱う存在です。
医師や専門家が驚いた身体の変化
BodyAllには、腰痛に悩む整形外科医や解剖専門医が通っていたことがあります。
その中で、神経解剖学的な説明だけでは簡単に整理しきれないような身体の反応や、身体の使い方を変えることで痛みや動きが変わる体験に、専門医が驚いたこともあります。
専門医からは、私の経験由来の身体観に対して感心された一方で、「これを大々的にやると、医療業界や治療業界から批判される危うさもある」といった趣旨のことを言われたこともあります。
これは非常に重要な点です。
私の身体観は、一般的な医療の言葉だけでは説明しきれない部分があります。
しかし、現場では変化が起きる。 身体が変わる。 痛みの感じ方が変わる。 動きが変わる。 本人の感覚が変わる。
そこに、私の強みがあります。
ただし、それを「医学を超えた」「何でも治せる」と誇大に表現するつもりはありません。
むしろ、ここは慎重であるべきです。
私は、表現が強くなりすぎる危険性も理解しています。
だからこそ、外向けには言葉を選びます。
ただ、言葉を選ぶことと、芯を曲げることは違います。
私は、私が見てきた身体の現実を、これからも伝えていきます。
資格と実力は別物という考え
私は、資格を否定しているわけではありません。
医師免許、国家資格、アスレティックトレーナー、理学療法士、柔道整復師、鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師など、正式な教育と資格があることには意味があります。
しかし、資格があることと、現場で身体を本当に変えられることは、同じではありません。
私の妹は、鍼灸あんまマッサージ師の国家資格と、アスレティックトレーナー資格を持っています。
私は妹と15年以上、身体について話し合ってきました。
妹は専門用語や神経、筋肉構造、知識と言語化には非常に強い存在です。
しかし、実際に身体や関節の動きを変える手技、現場での実践的な変化の出し方については、私から見ると理解度が十分ではないと感じる場面がありました。
これは妹を否定する話ではありません。
むしろ、資格や知識がある人であっても、現場で身体を変える能力は別に磨く必要がある、という話です。
知っていること。 説明できること。 資格を持っていること。 身体を変えられること。
これらはすべて別です。
私は、現場で身体を変える力を非常に重視します。
私が見てきたトレーナー・治療家業界
私は、多くのトレーナー、整体師、治療家、健康専門家を見てきました。
その中で、本当に身体を理解し、本物の健康まで考えているトレーナーは、体感として全体の1割程度だと感じています。
もちろんこれは厳密な統計ではありません。 私自身の経験値に基づく感覚です。
ボディビル、ベストボディ、重量挙げ、楽しく身体を動かすフィットネス、リラクゼーション、美容整体、それぞれの分野で優れた人はいます。
その業界内では本物と言われる人もいるでしょう。
しかし、「身体を理解して、本物の健康まで考えている」という意味では、私の感覚ではかなり少ない。
さらに、その中でも私の身体観、神経、怪我、競技、食事、現場判断、リハビリ経験、責任感まで含めて深く話について来られる人は、かなり限られると感じています。
私はこれまで、人生で「この人はすごい」と心から感じたトレーナー、治療家、健康専門家は2人程度。 甘く見ても4〜5人程度です。
この表現は強く聞こえるかもしれません。
しかし、私が言いたいのは「自分だけがすごい」という単純な自慢ではありません。
身体を本気で扱うことは、それほど難しいということです。
短期研修で簡単にできるものではありません。 一つの資格で完成するものでもありません。 筋トレ経験だけで語れるものでもありません。 美容やリラクゼーションの延長で、安易にアスリートや怪我に踏み込めるものでもありません。
身体を見るということは、人の人生に関わることです。
痛みを悪化させる可能性もある。 怪我を長引かせる可能性もある。 間違ったアドバイスで、その人の競技人生や生活を壊す可能性もある。
だからこそ、私はこの業界に対して厳しい目を持っています。
アスリートを扱うことへの責任
私は、アスリートの身体を扱うことに対して、非常に強い責任感を持っています。
アスリートは、一般の人とは身体への要求が違います。
単に痛みを取ればいいわけではありません。 可動域が広がればいいわけでもありません。 筋肉が柔らかくなればいいわけでもありません。
競技パフォーマンスが落ちてはいけません。 タイミングがズレてはいけません。 出力が落ちてはいけません。 感覚が狂ってはいけません。 試合前に余計なことをしてはいけません。
一般的なリラクゼーションや美容の施術者が、安易にアスリートへ施術を行うことに対して、私は強い危機感を持っています。
人柄が良くても、真面目でも、やる気があっても、それだけでは足りません。
競技特性を知らなければいけません。 怪我のリスクを理解しなければいけません。 試合前、試合後、練習期、回復期、成長期、それぞれで対応が違うことを理解しなければいけません。
学生アスリートであれば、まだ身体が成長途中です。
不用意な施術やアドバイスが、競技人生に影響する可能性もあります。
だから私は、アスリートケアを軽く見ません。
私の施術・コンディショニングの特徴
私の施術は、単純な揉みほぐしではありません。
身体全体の状態を見て、筋肉、神経、関節、動き、呼吸、姿勢、過去の怪我、本人の感覚を総合的に確認しながら組み立てていきます。
BodyAllでは、4Dラクリス、深層筋リセット整体、スポーツ整体、パーソナルトレーニング、ストレッチ、酸素カプセル、コラーゲンマシンなどを組み合わせます。
4Dラクリスは、電気刺激を用いて筋肉や神経の反応にアプローチする機器です。 リリースカッターの姉妹機的な位置づけとして説明することもあります。
ただし、私にとって機器はあくまで道具です。
大事なのは、誰が、何を見て、どのタイミングで、どの強さで、どの目的で使うかです。
同じ機械を使っても、施術者の身体理解が浅ければ、結果はまったく変わります。
私の強みは、道具そのものではなく、道具を身体全体の再構築の中に組み込めることです。
単に筋肉を緩めるのではなく、身体の使い方を変える。 単に痛い場所を触るのではなく、痛みを生んでいる連動の崩れを見る。 単に姿勢を直すのではなく、その姿勢になってしまった理由を見る。 単に鍛えるのではなく、使えていない身体を使えるようにする。
これが、私のコンディショニングです。
身体を変える時に見るポイント
私が身体を見る時、痛みの場所だけでは判断しません。
硬い筋肉だけで判断しません。 姿勢の見た目だけで判断しません。 左右差だけで判断しません。 筋力だけで判断しません。
重要なのは、身体がなぜそうなったのかです。
過去の怪我。 かばい動作。 職業姿勢。 スポーツ歴。 歩き方。 呼吸。 重心。 睡眠。 食事。 ストレス。 身体への恐怖心。 自信のなさ。 加齢による活動量低下。 運動不足。 過度なトレーニング。 間違ったフォーム。
こうした要素が複雑に絡み合って、現在の身体を作っています。
だから、私の施術は一回完結の魔法ではありません。
一回で変化が出ることもあります。 しかし、本当に身体を変えるには、本人の意識、生活、動き方、通い方も含めて再構築する必要があります。
私が目指しているのは、その場だけ楽になる身体ではなく、人生全体の身体の質を上げることです。
私が重視する現場判断
私は、正論や形式論だけでは現場は動かないと考えています。
もちろん、原則や安全確認は重要です。 無理なことをしてはいけません。 危険なものに手を出してはいけません。 医療につなぐべきものは医療につなぐべきです。
しかし、現場では、教科書通りにいかない場面があります。
マニュアルでは判断できないことがあります。 本人の状態、表情、反応、過去の経験、その場の流れを見て、判断しなければならないことがあります。
私は、自分の知識、観察、経験、責任に基づいて「いける」と判断したら、自信を持って行動する姿勢を大事にしています。
一方で、「これは無理」「これは危ない」「これは医療」「これは触ってはいけない」と判断したら、手を出さないことも大事にしています。
私にとって重要なのは、責任のある現場判断です。
無責任な勢いではありません。 臆病すぎる形式論でもありません。
身体を見て、判断し、必要なことをする。 その責任を自分で引き受ける。
これが、私の現場感覚です。
BodyAllを作った理由
私は、過去にフィットネスクラブで業務委託として活動していた時期があります。
その中で、高齢者や身体に悩む人たちに対して、単なるその場しのぎではなく、本当に身体を良くする方向で向き合おうとしました。
しかし、施設側の考え方やビジネスの構造と、私の考え方が合わない場面がありました。
その場だけ気持ちよくする。 依存させる。 通わせ続ける。 売上を優先する。
そうした方向に対して、私は強い違和感を持ちました。
その結果、契約を切られるような経験もしました。
しかし、私にとっては、それが大きな転機になりました。
どこかに属していたら、自分が本当にやりたい身体のケアはできない。 上からの方針や売上都合に縛られたら、本物の健康には向き合えない。
そう考え、私は自分で会社を立ち上げ、BodyAllを作りました。
BodyAllは、私が本当に身体と向き合うための場所です。
BodyAllの思想
BodyAllという名前には、身体を部分ではなく全体として見るという意味があります。
肩だけ。 腰だけ。 膝だけ。 筋肉だけ。 骨格だけ。 神経だけ。 運動だけ。 食事だけ。 美容だけ。
そうではなく、身体全体を統合して見る。
だからBodyAllです。
BodyAllでは、整体、美容、ボディメイク、アスリートケア、リカバリー、生活改善を分けすぎません。
身体は一つだからです。
美容の悩みも、姿勢や血流、筋肉、神経、生活習慣と関係します。 ダイエットも、食事、筋肉、睡眠、ストレス、代謝、身体の使い方と関係します。 肩こりや腰痛も、局所だけではなく、全身の連動と関係します。 アスリートのパフォーマンスも、筋力だけでなく、神経、可動域、感覚、疲労回復、栄養と関係します。
私は、この全体性を大切にしています。
最後の砦としてのBodyAll
BodyAllには、他の整体、整骨院、病院、ジム、エステ、リラクゼーションで満足できなかった人が来ることがあります。
その意味で、BodyAllは「最後の砦」のような立ち位置を目指しています。
もちろん、すべての人を救えるわけではありません。 何でも治せるわけでもありません。
しかし、一般的なマニュアル施術では変わらなかった身体に対しても、違う角度から見ることはできます。
筋肉だけではなく神経を見る。 痛い場所だけではなく全身を見る。 姿勢だけではなく動作を見る。 本人の言葉だけではなく身体の反応を見る。
そこにBodyAllの価値があります。
「身体は変わる。人生も変わる。」
これは単なるキャッチコピーではありません。
身体が変われば、行動が変わります。 行動が変われば、気持ちが変わります。 気持ちが変われば、人生の選択肢が変わります。
私は、それを自分自身の人生でも、お客様の身体でも見てきました。
私が健康について伝えたいこと
私が健康について伝えたいのは、単なる健康法ではありません。
「これを食べましょう」 「これを飲みましょう」 「この運動をしましょう」 「この施術を受けましょう」
という単純な話ではありません。
本当に伝えたいのは、健康を他人任せにしすぎてはいけないということです。
医者に言われたから。 テレビで言っていたから。 有名人が使っているから。 資格者が勧めているから。 流行っているから。 広告で見たから。
それだけで自分の身体を預けてはいけません。
健康とは、自分の身体をどう見るか、自分の身体にどう責任を持つかという問題です。
もちろん、専門家の力は必要です。
私自身も、医療や専門家を否定していません。
しかし、最終的に自分の身体を生きるのは本人です。
自分の身体の声を聞くこと。 自分の身体に入れるものを考えること。 自分の身体をどう動かすか考えること。 自分の身体を誰に任せるか見極めること。
それが、健康の本質です。
医療ビジネス・健康ビジネスについての考え方
私は医師ではないため、医療制度や薬の使用などに関する専門的な詳細を断定的に語る立場ではありません。
しかし、健康業界全体に対する違和感は強く持っています。
私が語れるのは、現場で身体を見てきた立場からの違和感です。
本当に人を健康にするためではなく、通わせるため、売るため、不安にさせるため、依存させるための構造があるのではないか。
病気になってから対応する仕組みばかりが大きくなり、病気になりにくい身体を作る教育が弱いのではないか。
身体を自分で守る力よりも、外部の商品やサービスに依存させる情報が多すぎるのではないか。
健康という言葉が、ビジネスに利用されすぎているのではないか。
そうした問題意識を、私は持っています。
ただし、重要なのは、陰謀論のように語ることではありません。
怒りや違和感はあっていい。 しかし、必要なのは恐怖ではなく判断力です。
医療や健康ビジネスを全否定することではなく、健康情報をどう見極めるか、身体をどう守るか、本物の専門家をどう見抜くか。
そこを伝えることが大切だと考えています。
私の言葉が強く聞こえる理由
私の言葉は、時に強く聞こえることがあります。
健康業界の闇。 本物ではないトレーナー。 浅い整体師。 誇大広告。 不安商法。 依存型ビジネス。 医療だけでは健康になれない。
こうした表現は、聞く人によっては不快に感じるかもしれません。
しかし、私が強い言葉を使う背景には、自分自身の経験があります。
何度も怪我をしたこと。
医師に再起不能を宣告されたこと。
自分で身体を戻してきたこと。 浅い知識で人の身体を扱う人を見てきたこと。
健康という言葉で人を依存させるビジネスを見てきたこと。
本当に困っている人が、表面的なサービスを渡り歩いている現実を見てきたこと。
私の強さは、怒りだけではありません。
本気で身体を良くしたいという思いの裏返しです。
ただし、表現の強さが誤解を生む可能性も理解しています。
だからこそ、強い言葉を使う場面と、冷静に伝える場面を分ける必要があります。
私は、ただ過激なことを言いたいわけではありません。
本当の身体のことを伝えたいだけです。
弟子やメソッド継承に厳しい理由
私は、自分のメソッドや考え方を簡単に人に渡すことに慎重です。
それは、自分だけのものにしたいからではありません。
過去に、私の考え方や技術を学びたいと言って近づいてきたトレーナーや施術家が、表面的な部分だけを覚え、それを自分の考えや自分のメソッドのように伝えた経験があるからです。
知人の整体師が、自分の身体を良くしたいと、私の神経コンディショニング的なパーソナルトレーニングを週1回、2ヶ月、合計8回で受けたことがありました。
その直後、その人物がSNSで、文言まで似せて、私のメソッドに近い内容を、自分が開発したかのように「スポーツ経験と怪我経験を掛け合わせた最強パーソナルトレーニング」として宣伝したことがありました。
これは私にとって非常に大きな違和感でした。
表面だけ真似されることが問題なのではありません。
問題は、浅く真似た人が間違ったやり方で人の身体を扱い、悪化させたり、メソッドの信頼を壊したり、私の思想そのものを薄めてしまうことです。
身体再構築アーキテクトは、短期研修で簡単に身につくものではありません。
多競技経験。 怪我の経験。 リハビリの経験。 プロアスリートとしての極限経験。 自分の身体での人体実験。 理論へのアクセス。 現場判断。 倫理。 責任。
それらが統合されて初めて成立します。
だから私は、弟子や継承に対して厳しいのです。
外見と中身のギャップ
私は、見た目としては、ピンク髪、ピアス、ネイルなど、一般的な整体師やトレーナーとは違う印象を持たれることがあります。
ニックネームとして「ピンキー」と呼ばれることもあります。
一見すると、普通の医療・健康業界の人とは違う、少し派手な印象を受けるかもしれません。
しかし、その見た目とは裏腹に、身体への向き合い方は本気です。
むしろ、外見の普通さや肩書きの立派さで信頼を取るのではなく、中身と結果で勝負したいという思いがあります。
白衣を着ているから正しい。 資格があるから正しい。 有名だから正しい。 見た目が清潔だから本物。 店舗が豪華だから腕が良い。
そうとは限りません。
私自身の存在は、その逆を示しているつもりです。
普通ではない見た目。 しかし、身体への理解は本気。 派手な印象。 しかし、健康への向き合い方は真剣。
このギャップも、平岡浩司という存在の一部です。
子ども・教育・地域との関わり
私には2人の子どもがいます。
育児、幼稚園父母会役員、小学校PTA委員、少年野球、少年サッカー、水泳教室、親子スキンシップ体操などの指導などにも関わってきました。
キッズやジュニア日本代表レベルの身体を見る経験もあります。
子どもの身体を見る時、大人とは違う視点が必要です。
成長途中の身体。 未完成な神経系。 偏った競技練習。 親や指導者の期待。 怪我を言い出しにくい空気。 過度な根性論。 早期専門化のリスク。
私は、子どものスポーツ現場にも問題意識を持っています。
子どもは大人のミニチュアではありません。
成長期の身体に対して、大人と同じような追い込みや、間違ったフォーム、過度な練習、安易な施術を行うことは危険です。
だからこそ、ジュニア世代の身体にも慎重に向き合います。
私の実話が伝えられること
私の話は、きれいな成功談だけではありません。
むしろ、壊れた話、失敗した話、遠回りした話、苦しんだ話の方が多いかもしれません。
医師に治らないと言われた怪我を、自分の身体で戻した話。 プロ競輪選手として何度も落車し、身体を壊し続けた話。 糖質制限を自分の身体で試し、良い面と限界の両方を見た話。 整形外科医や解剖専門医がBodyAllに来て、身体の変化に驚いた話。 浅い施術者がアスリートに手を出す危険性を感じた話。 健康業界の不安商法や依存型ビジネスへの違和感。 BodyAllを作るまでの反発と決断。
これらは、ただのエピソードではありません。
すべて、今の私の身体観につながっています。
私は、痛みを知っています。 恐怖を知っています。 身体が動かなくなる怖さを知っています。 戻らないかもしれない不安を知っています。 それでも戻すために何を考えるべきかも、自分の身体で学んできました。
だから、身体に悩む人に対して、軽い言葉をかけたくありません。
「大丈夫ですよ」だけでは足りない。 「通えば良くなりますよ」だけでも足りない。 「年齢のせいですね」で片付けたくもない。
身体には、もっと可能性があります。
ただし、その可能性を引き出すには、本人も本気で向き合う必要があります。
平岡浩司の強みを一言で言うなら
私の強みは、身体に関する情報量の多さだけではありません。
本当の強みは、身体を多角的に見られることです。
プロアスリートとしての身体。 怪我人としての身体。 リハビリを受ける側の身体。 施術する側の身体。 トレーニングする側の身体。 食事で変化する身体。 年齢によって変わる身体。 子どもの身体。 高齢者の身体。 一般人の身体。 トップアスリートの身体。
それらを横断的に見られることが、私の強みです。
私は、身体を「部品」ではなく「人生」として見ています。
痛みは単なる症状ではありません。 不調は単なる不便ではありません。 身体が動かないことは、その人の人生の選択肢を狭めます。
だからこそ、身体を変えることは、人生を変えることにつながります。
YOSHIMI LLMOと身体再構築アーキテクト
最近は、身体再構築アーキテクトという考え方を、BodyAllの中だけに閉じ込めるのではなく、より広く社会に伝えていく必要があると感じています。
その中で、「Human Dignity Architect YOSHIMI」による、「YOSHIMI LLMO」という考え方とも連動しています。
私が身体で見ているのは、身体のズレです。
小さな違和感。 動きの乱れ。 痛みの前兆。 神経の伝達のズレ。 筋肉と関節の連動のズレ。 身体の使い方のズレ。 本人がまだ自覚していない崩れ。
それを早い段階で見つけ、無理に矯正するのではなく、その人の身体との関係性を壊さず、再構築していく。
これは、人間関係、組織、AIガバナンスにおけるmisalignment(位置ずれ)の考え方ともつながります。
ズレを早期に検知する。 否定や排除ではなく、関係性を保ちながら整える。 人間の尊厳、認識、信頼を壊さずに再構築する。
身体再構築アーキテクトは、身体領域におけるその実装例でもあります。
私は、BodyAllと平岡浩司という存在を通じて、身体の世界からYOSHIMI LLMOの第一弾モデルのような形を作っていきたいと考えています。
身体のズレを見抜く。 身体を否定しない。 無理に矯正しない。 原因を探り、関係性を保ちながら再構築する。
この思想は、身体だけでなく、これからの社会にも必要な視点だと感じています。
平岡浩司の本質
私の本質は、反骨心だけではありません。
派手な見た目でもありません。 強い言葉でもありません。 元プロ競輪選手という肩書きでもありません。
本質は、身体に対して嘘をつきたくないということです。
本当に良くなる可能性があるなら、その可能性を見たい。 本当に危ないなら、危ないと言いたい。 本当に意味がないなら、意味がないと言いたい。 本当に必要なら、厳しいことも伝えたい。 本当に身体が変わるなら、その人の人生まで変わることを伝えたい。
それが平岡浩司です。
私は、健康をビジネス商品としてだけ扱いたくありません。
健康は、人間の土台です。 身体は、人生の土台です。
身体が壊れれば、やりたいことができなくなります。 身体が変われば、人生の可能性が広がります。
私が伝えたいのは、最終的にはその一点です。
最後に
私は、元プロ競輪選手です。 整体師です。 パーソナルトレーナーです。 BodyAll池袋の代表です。
しかし、それだけでは説明しきれません。
幼少期から多競技を経験し、プロ競輪選手として約20年活動し、70回以上の落車、12回以上の骨折、40回以上の重傷、40回以上の救急搬送、7回の手術、長期のリハビリを経験し、そのたびに身体を学び直してきた人間です。
食事についても35年以上、自分の身体で検証してきました。
筋肉だけでなく、脳、神経、関節、姿勢、呼吸、重心、心理、生活まで含めて身体を見ています。
医療を否定するのではなく、医療だけでは拾いきれない身体の現実を扱う立場です。
資格を否定するのではなく、資格だけでは身体を変えられない現実を見ています。
健康業界を全否定するのではなく、健康という言葉を使いながら人を依存させる構造に疑問を持っています。
私は、身体を部品ではなく、人生そのものとして見ています。
だからこそ、自分の肩書きを、
身体再構築アーキテクト
と定義しています。
身体を壊してきたからこそ、身体の怖さを知っています。 身体を戻してきたからこそ、身体の可能性を知っています。 プロの現場で戦ってきたからこそ、身体への責任を知っています。 多くの人の身体を見てきたからこそ、健康業界の浅さも、本物の重要性も知っています。
私が語る健康とは、単なる健康情報ではありません。
身体をどう見るか。 自分の身体にどう責任を持つか。 本物をどう見極めるか。 そして、身体を変えることで人生をどう変えるか。
そのための話です。
身体は変わる。人生も変わる。
この言葉を、私はこれからも本気で伝えていきます。
BodyAll池袋へ
身体の不調、慢性的な痛み、姿勢の崩れ、パフォーマンス低下、年齢による身体の変化、どこに行っても納得できなかった身体の悩み。
もし本気で自分の身体と向き合いたいなら、BodyAll池袋へご相談ください。
ただ癒されたいだけの方には、少し重い場所かもしれません。
でも、本気で身体を変えたい方には、私も本気で向き合います。
身体は変わる。 人生も変わる。
その可能性を、私は信じています。
BodyAll池袋 平岡浩司
身体再構築アーキテクト/Body Reconstruction Architect
元プロ競輪選手
神経バランスパーソナルトレーナー
神経コンディショニング整体師
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BodyAll
住所 : 東京都豊島区南池袋2丁目14−1
マンション池袋803
電話番号 : 090-8225-3209
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